日本発の技術・QRコードはどのようにして生まれたのか?

QRコードの開発秘話

目次

    「QRコード」は株式会社デンソーウェーブの登録商標です

    SNSや電子決済、伝票など、私たちは毎日のようにQRコードを読み取ったり、読み取ってもらったりしています。

    QRコードを見たことがないという人はいないと言っても過言ではないでしょう。

    今や世界中で使われているQRコードですが、実は日本で開発されたことはご存知でしょうか。


    QRコードの先輩・バーコードはどこで生まれたのか

    バーコードは、アメリカで誕生しました。

    1973年に、棒状の白黒バー方式のシンボルマークUPCが採用されたことが始まりです。

    UPCとは「Universal Product Code」の略で、アメリカとカナダで使われている統一商品コードのことを言います。*1,*2

    UPCの登場以降、ヨーロッパや日本でも統一商品コードを使う動きが活発化しました。

    まず、1977年にヨーロッパでEAN(European Article Number)が制定、1977年には日本でJAN (Japanese Article Number)が制定されています。*1

    世界的に見ると、バーコードには上記のUPC、EAN、JANを含めて約100種の種類があると言われています。*2

    バーコードはその名のとおり白と黒の棒(バー)で構成されており、スキャナで読み込むことでデジタル信号に置き換え、データを取り出しています。*3

    例えばJANでは、13個の数字が黒いバーとスペースの組み合わせで表現されています。

    最初の2桁の数字で国(日本であれば49もしくは45)、次の5桁でメーカー、さらに次の5桁で品目を表すように構成されています。 最後の1桁は、「チェックデジット」といって、読み取りが間違っていないか確認する数値です(図1)。*1

    バーコードの数字の意味
    図1:バーコードの数字の意味
    出所) 株式会社キーエンス「JAN」https://www.keyence.co.jp/ss/products/autoid/codereader/basic_jan.jsp


    近年ではJANを使用するメーカーが増えてきたため、2001年1月以降に新たに取得する企業はメーカーコードが7桁、品目コードが3桁に変更されました。

    その他にも、8桁の短縮版JANがあったり、他国ではバーコードは偶数桁のみだったり、桁数が自由だったりと様々なルールがあります。*1,*2


    QRコードはなぜ生まれたのか

    QRコードが登場したのは、今から約30年前の1994年です。*4

    そもそもなぜ、バーコードという便利なものがありながら、複雑なデザインのQRコードが登場したのでしょうか。

    ことの始まりは、1994年の17年前、1977年の出来事がスタートになっています。

    ところで、みなさんは「トヨタ生産方式(TPS)」という生産方式をご存知でしょうか。これはトヨタ自動車が実践する生産方式で、その中に有名な「かんばん方式」という方式があります。

    かんばん方式は、必要なものを必要なときに、必要なだけ造ることを徹底する「ジャストインタイム」を実現するためのものです。*5

    ここでいう「かんばん」とは、いつ、どこで、何が、どれだけ使われたかが書いてあるカードのことを言います。

    かんばんは発注書の役割を担っており、部品箱1つ1つにかんばんが取り付けられています。部品を1つ使うと、かんばんが外され、組み立て工場では定期的に外されたかんばんを回収して部品工場へ届けます。

    部品工場は、届けられたかんばんの指示に従って部品を造れば、常に必要数量だけを生産することになり在庫は解消するという流れです。*6

    かんばん方式は、バーコードが登場する以前の1963年に採用されました。*7

    そのかんばん方式にバーコードの導入が開始されたのが、1977年です。日本でJAN が制定されたのは1977年でした。日本のバーコードの歴史から見ると、かなり早い段階から活用されていたことがわかります。

    かんばんに使用されたバーコードは、製造現場に効率化をもたらしました。

    一方で、1980年代に入ると、顧客の幅広い要望に応えるため自動車は車種や部品が多様化し、バーコードが格納すべき情報量は格段に増えていました。

    これに対応するため、バーコードを縦や横にいくつも並べて格納できる情報量を増やしていましたが、読み取りに時間がかかる上、読み取り回数が増えるとミスが発生するリスクも高くなります。何より、バーコードを印刷するかんばんにも物理的限界があります。

    ここで、バーコードより多くの情報を格納でき、かつ短時間で正確に読み取りができる新たな手法の開発が必要になったのです。*8


    たった4人のチームから始まったプロジェクト

    トヨタ自動車のかんばんに使われたバーコードと読取機は、トヨタ自動車工業株式会社(現・トヨタ自動車株式会社)から1949年に分離独立して設立された日本電装株式会社(現・株式会社デンソー)が開発したものでした。*8,*9

    1992年、日本電装のバーコード読取機開発の担当者に「バーコードの読み取りがとにかく大変だから、何とかしてくれないか」という電話がかかってきます。

    この電話を受けたのが、後のQRコード開発者となる原昌宏氏でした。

    1980年代に入り、バーコードの情報格納量に危機感を持っていたデンソーは、既に二次元バーコードの研究が活発化していたアメリカの動向にも注目していました。

    当時の二次元バーコードにはいくつかの種類がありましたが、大容量のデータ格納、サイズ設定の柔軟性、高速読み取りの機能のうち、どれか一つだけしか有効性がありませんでした。

    このデメリットを無くした新しい二次元コードの開発に乗り出したのが、前述の電話を受けた原昌宏氏です。

    上司から時間とお金はかけられないと言われた原氏は、同僚だった渡部元秋氏と豊田中央研究所の技術者である長屋隆之氏、内山裕司氏とタッグを組むことになります。

    こうして、たった4人で後の世界に大きな影響を与えたプロジェクトが始まったのです。*8


    わずか2年で開発されたQRコード

    こうして始まった新しい二次元バーコードの開発プロジェクトですが、課題はたくさんありました。

    読取りスピード

    大量の情報を格納するためには、必然的にコードの構造が複雑になってしまいます。しかし、複雑な構造にすると処理時間が長くなるという問題が発生しました。

    これを解決したのがコードの並びを「わざと大雑把に読む」という方法です。あえて正確にコードを読まないことで、0.03秒という超高速の読み取りが可能となりました。

    QRコードのQRは「Quick Response」の略で、0.03秒という驚異の読み取りスピードが名前の由来になっています。*4

    ここで「大雑把に読み取って正しい情報を得ることができるのか?」という疑問が湧いてきますが、読み取りの速さと正確性を両立させるための技術がしっかりと使われています。

    それが、後述する「アライメントパターン」、「ファインダパターン」、「リードソロモン法」です。

    ひずみ対策

    QRコードが平面にあれば、もちろん読み取りはスムーズに行なえます。

    しかし、実際は飲料用のような歪んだ面にもOQコードが印刷されています。

    このような歪んだ面での読み取りを可能にしているのが「アライメントパターン」の存在です。

    アライメントパターンは、QRコードの右下の方にある白黒の四角の形のことを指します(図2)。*4

    アライメントパターン
    図2:アライメントパターン
    出所)B-angle「銀ナノ粒子導電性インクってなんナノ?」へのリンクを用いたQRコードに筆者が加筆
    https://www.b-angle.bandogrp.com/media/silver-nano-ink/


    中心にある黒い四角が起点となり、ズレの量を補正して計算することで、コードに歪みがあっても正しい情報を読み取れるようにしています。*4

    読み取りやすさ

    二次元コードの機能向上のためには、コード自体の読み取りやすさも重要になってきます。これを解決したのが「ファインダパターン(切り出しシンボル)」という二次元コードの目印です(図3)。*10

    ファインダパターン
    図3:ファインダパターン
    出所)B-angle「銀ナノ粒子導電性インクってなんナノ?」へのリンクを用いたQRコードに筆者が加筆
    https://www.b-angle.bandogrp.com/media/silver-nano-ink/


    QRコードの3コーナーに配置される3個(マイクロQRは1個)のファインダパターンが目印となり、素早くコードの存在を認識でき、さらに上下左右の方向も認識できます。

    皆さんも普段の生活で既に体験されているかもしれませんが、QRコードは上下逆さまでも、斜めでも読み取ることができます。

    その秘密は、ファインダーパターンの白の面積と黒の面積の比率にあります。それぞれ「1:1:3:1:1」の比率で構成されているのですが、これは漢字やハングル、アルファベットなど主要な言語の文字の黒白比率においてほとんど存在しない比率なのです。

    「1:1:3:1:1」の比率を使えば、コードを読み取る際に文字と誤認する可能性を少なくすることができます。

    また、A、B、Cどの位置から読み取っても黒と白のセルの比率が「1:1:3:1:1」になるため、位置の検出や位置関係から回転角度を認識することができるのです(図4)。*4,*10

    QRコードの読み取り方法
    図4:QRコードの読み取り方法
    出所)株式会社キーエンス「QRコードのしくみ」https://www.keyence.co.jp/ss/products/autoid/codereader/basic2d_qr.jsp


    欠損対策

    QRコードは、もともと製造現場で使うことが想定されていたため、汚れや破れなどでコードが損傷する可能性は十分にありました。

    これには、誤り訂正能力が高い「リードソロモン法」という手法を用いてQRコードの符号を生成することで対応しています。リードソロモン法を用いると、コードの一部が最大30%損傷してもデータを読み取ることができます。*10

    図5のQRコードはB-angleの「銀ナノ粒子導電性インクってなんナノ?」という記事のQRコードです。筆者が説明用に赤い線を書き込んでいますが、問題なく情報を読み込むことができます。試しに下図のQRコードを読み込んでみてください。

    QRコードの欠損対策
    図5:QRコードに敢えて欠損部を書き加えたQRコード
    出所)B-angle「銀ナノ粒子導電性インクってなんナノ?」へのリンクを用いたQRコードに筆者が加筆
    https://www.b-angle.bandogrp.com/media/silver-nano-ink/


    こうした数々の課題を解決してQRコードが生まれたわけですが、驚くべきは1992年の開発開始から1994年の完成まで、たった2年でQRコードが作り上げられたということです*4

    開発は決して順調だったわけではなく、試行錯誤の連続でした。

    例えば、読み取りやすい形がなかなか決まらない時、開発者の原氏は頭で考えることを中断し「迷ったら手を動かし、行動し続ける」ことを大切にしたそうです。

    ここでの行動は、あらゆる活字を解析することでした。途方もない量の解析を続けた結果、「1:1:3:1:1」という比率を発見するに至ったのです。*8


    QRコードはこうして世界に普及した

    前述の通り、QRコードは読み取りスピードや読み取りやすさ、欠損にも対応できる機能を持ち、何より格納できる情報量も格段に向上しました。

    その量はバーコードのおよそ200倍、数字なら最大7089文字、英数記号や漢字も格納することができます。*4

    冒頭で紹介したとおり、QRコードは世界各地で使われています。

    その理由は、上記のような機能性が評価されたことに加え、開発者のデンソー(現・株式会社デンソーウェーブ)がQRコードの特許をフリーにしたことが大きく影響しています。

    誰でも無料でQRコードを使用できる環境を整えたことで、世界中の人が気軽に使えるようになったのです。*11

    なお、QRコードは商標登録もされています。QRコードの名称を使用する場合には「QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です」という登録商標文の記載が必要です。*12,*13


    様々な場面で活躍するQRコード

    QRコードは様々な分野で活用されています。

    例えば、医薬分野では予め処方箋にQRコードを印字することで、情報や処方内容の入力の手間を削減しています。*14

    QRコードが生み出されるきっかけを作った製造分野では、入庫や梱包、ピッキングなど幅広く使われています。*15

    他にも、物流や小売、食品、レジャーなど、ここでは紹介しきれないほどの活用事例があります。*16

    みなさんも「ここで使ったことがある」「QRコードがあって便利だな」と思うシーンはたくさんあるでしょう。

    たった4人で始まったプロジェクトで作られたQRコード。

    その小さな四角が、今や世界中の人々の生活を支える技術となっています。

    また、開発を担当した原昌宏氏の「迷ったら手を動かし、行動し続ける」という姿勢にはたくさんの学びがあったのではないでしょうか。


    参考文献

    *1 日本NCR株式会社「バーコード篇(1)バーコードの仕組み」
    https://www.ncr.co.jp/about_ncr/who/scanniversary/barscan/barcode1

    *2
    株式会社キーエンス「よくわかるバーコードの基本 Vol1」p.7,p.13,p.18

    *3
    株式会社デンソーウェーブ 「バーコードスキャンのしくみ」
    https://www.denso-wave.com/ja/adcd/fundamental/barcode/scan/index.html

    *4
    NHK「意外と知らない... 「QRコード」を開発したのは日本人、その知られざる開発秘話 - サイエンスZERO」
    https://www.nhk.jp/p/zero/ts/XK5VKV7V98/blog/bl/pkOaDjjMay/bp/p2peqz9pg5/

    *5
    熊澤 光正「トヨタ生産方式における生産管理の基礎」四日市大学論集 2018年 第30巻 第2 号 p.75, p.94
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jyu/30/2/30_69/_pdf

    *6
    トヨタ自動車株式会社「かんばん方式とは何ですか?」
    https://global.toyota/jp/kids/faq/parts/002.html

    *7
    トヨタ自動車75年史「第4項 トヨタ生産方式の構築と展開 」
    https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/text/entering_the_automotive_business/chapter1/section4/item4.html

    *8「QRコードの奇跡: モノづくり集団の発想転換が革新を生んだ」小川進 著 p.30,p.36,p.38,p.41,p.60,p.65,p.66,p.68,p.70,p.76,p.86

    *9
    株式会社デンソー「沿革」
    https://www.denso.com/jp/ja/about-us/corporate-info/profile/heritage/

    *10
    株式会社キーエンス「QRコードのしくみ」
    https://www.keyence.co.jp/ss/products/autoid/codereader/basic2d_qr.jsp

    *11
    特許庁「「QRコード」(株)デンソーウェーブ」
    https://www.jpo.go.jp/news/koho/innovation/01_qrcode.html

    *12
    株式会社デンソーウェーブ「FAQ|QRコードドットコム| (qrcode.com)
    https://www.qrcode.com/faq.html#patentH2Title

    *13
    株式会社デンソー「イリオモテヤマネコの交通事故削減を目指す 「西表島yuriCargo(ゆりかご)プロジェクト」を開始」
    https://www.denso.com/jp/ja/news/newsroom/2023/20230517-01/

    *14
    株式会社デンソーウェーブ「処方せん」
    https://www.denso-wave.com/ja/adcd/katsuyou/scene/iryoiyaku_inner4.html

    *15
    株式会社デンソーウェーブ「製造」
    https://www.denso-wave.com/ja/adcd/katsuyou/scene/kojo.html

    *16
    株式会社デンソーウェーブ「活用事例」
    https://www.denso-wave.com/ja/adcd/katsuyou/

    画像

    フリーライター

    田中 ぱん Pan Tanaka

    学生のころから地球環境や温暖化に興味があり、大学では環境科学を学ぶ。現在は、環境や農業に関する記事を中心に執筆。臭気判定士。におい・かおり環境協会会員。

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